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球磨川沿い国道219号線見放された道

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K本県国道219号線球磨川沿いの鍾乳洞で有名なK洞近くに真新しい隧道があります。新しいということは当然古い道路があるはずということで、今はどうなっているのか?それはぜひとも行かなければ、ということで廃道探索に行ってきました。基本的に通行止め。立ち入り禁止とは書いてありませんでしたので…
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槍倒洞門と書いてあります。落石よけのシェード的な機能の洞門のようです。斜面側はモルタル拭きつけで固定、歩道がありますが、あまり通りたくない気が…。片方側は断崖で球磨川まで切り立った崖です。この真下が槍倒淵と呼ばれる険しい淵があります。持っている槍を倒さなければ通れないほどの険しい淵だったためこの名前がついたようです。(案内看板受け売りです。あしからず)
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人工的構造物の先に、!(゜Д゜;)なにやら不穏な堆積物が!いやに白っぽい崩落跡です。たぶんこの道の運命を決定付けたであろう大崩落現場。崩落後の時間の経過を表す植物が繁茂していますので、国道維持管理としては崖崩れ撤去、復旧という選択肢は取られなかったことが伺えます。
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落石よけのネットはその機能以上の自然の猛威の前に用をなさなくなったようです。頑強なワイヤー、アンカーボルトが引きちぎられて垂れ下がっています。数年前にこの地域を襲った災害は今でもその爪あとをあちこちに残しており、今でも復旧工事が行われています。
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おそらくこの場所が大崩落の引き金となった土石流発生基点と思われます。今でも一雨くれば、行ってやるぞといわんばかりの様相。自然の猛威の前には人工的構造物も頼りない感じがします。
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崩落場所の白さはたぶんこのあたりの地質、岩の質によるものと思われます。火山性ではなく地下からの断層隆起によるものと思われ、近くに鍾乳洞もあることから石灰岩質であろうと思われます。永年の雨水の浸透により徐々にもろくなって崩落に至ったのではと想像されます。
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崩落現場のすぐ先には鍾乳洞が見えます。今の状態からこのゲートが再び開く可能性は無いようです。中央線に沿って植物がその範囲を拡大しつつあります。
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険しい岩肌に打ち込まれたアンカーと擁壁。常時落石の危険にさらされていたこの道を守り続けてきましたが、今はその役目も果たさなくてもよくなった?
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険しい山並みと近代構造物の機能美。人間の英知をもってしても自然の力にはあらがえない。規則的な落石よけシェードが空しく聳え立っているかのように見えます。
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道と球磨川との間で安全を守り続けてきたワイヤーのガードとデリネータも、
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今は静かにその役目を終えて佇んで。この道を通る野生動物を見守ることに。
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廃棄された道は確実に植物に侵食されて、廃道への道をたどっていくことに。しばらくしたらまた来て見ようと思います。少しずつ、でも確実に自然へと帰って行くことでしょう。緑に覆われた廃道が見られることを期待し、撤収です。
後日、わが相棒がストライキに入りました。エンジンがかかってくれません。(ノД`)シクシク、今まで酷使し過ぎたのでしょうか。ドック入りです。思えばひどいところに行きました…無理も無いです。よく付き合ってくれたものです。相棒復活までしばらく探索は自粛?いえいえ、チャンスがあれば代車でもいきまっせ!。仕事が一山越えたら活動再開します。
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Date: 2013.05.12 Category: 廃道  Comments (0) Trackbacks (0)

三太郎峠の隧道を訪ねて

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旧国道3号の県境の難所といわれた三太郎峠に二つの隧道があります。現役の国道3号線はカーブも少なく真新しいトンネルであっというまに越えられますが、旧道となるとそうは行かなかったようです。ごらんのとおり中央線も引けない幅員の道をくねくねと登っていたようです。
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今はその役目を終えて静かにたたずむ佐敷隧道の姿です。現在の交通事情に対応するにはスペックが足りなくなってしまって路線換えの末に引退、近代遺構として余生を送ることになったようです。
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立派な記念碑が建っています。今ここを訪れるのは営林署か山主か、はたまたガッチャマンのような物好きな廃マニアぐらいかと思われます。
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明治41年の開通。昭和40年に現在の佐敷トンネルが開通してその役目を終えたようです。当時はレンガを使った構造が主流だったようで、長手積みといわれる手法で造られているようです。
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鹿児島(薩摩)方面に向かって、隧道を抜けるとこんな風景が…うん、往時の行き来が目に浮かぶようです。
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扁額です。蔦か苔に覆われて読み取れません。おそらく佐敷隧道と書いてあるものと。
日没までまだ時間がある!目指すは津奈木隧道!
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くねくねと細い道をたどる薩摩街道(旧国道3号線)です。これでは大型トラックは無理!
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近代遺構保存の動きに伴って造られたであろう案内柱が立っています。以前はこの旧道のくねくね道をひたすら登ってこないとこれなかったようですが、このすぐ近くに立派な広域農道と思われる道が通ってます。
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坂道を上って山側へ大きく曲がったその先に…ありました!津奈木隧道です。ここも静かに余生を送っているかのような姿です。
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振り返って上ってきた道。途中軽トラのおじさんとすれ違いましたが、ガッチャマンのような物好きがよく来るらしく、物怖じせずにすれ違っていきました。
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ここも立派な記念碑が建てられています。明治34年竣工、佐敷隧道より年上か。ここもその役目を終えて静かに歴史遺産として余生を送っているようです。構造は同じくレンガの長手積み。
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隧道を抜けて同じく鹿児島(薩摩方面)。隧道を抜けるとこんな風景が…もう一息で県境(薩摩の國)です。明治のころに思いをはせて…車もそんなになかったはず、ということは…歩きか牛馬車か…坂道は人にも牛馬にもきつかったろうに…。昔の人はすごいです。
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ここの扁額は読み取れそうです。歴史を感じさせる右読み道隧木奈津。うん!いいですねえ。三太郎峠の現存二隧道を踏破!赤松太郎峠は隧道はありませんので…どうしようかな…また今度に…しよう。体力落ちてるし…。球磨川沿いに多数の廃校があるとの情報をゲット!次は球磨川沿いの廃校制覇を誓い、撤収~う!って下手すると帰路は3時間か…相変わらず読みが甘い自分に反省…です。
Date: 2013.03.28 Category: 廃道  Comments (0) Trackbacks (0)
プロフィール

ガッチャマン

Author:ガッチャマン
廃墟、廃校、廃道、廃線と、廃のつく風景に魅せられて、写真に納めるべくデジイチにはまってしまった南九州にて活動を展開しているガッチャマン(名前にGAKIが入っていて、知人からガッチャン、語呂が悪いのでいつのまにかガッチャマンに)の廃景レポ、たまに変なものレポ

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