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久七峠異聞

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冬の雨の晴れ間に南州翁(西郷さん)も明治維新の上京の際に通ったと言われる峠までちょっと足を伸ばしてきました。人吉市街から国道267号線を南下、伊佐市方面へ向かいます。途中真新しいトンネルがみえてきますがそこは興味ないので左の旧道方面へ。薄暗い旧道をひた走ると趣のある旧道風景の先に田野地区があります。
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田野小学校です。ここも昨年3月末で閉校になっています。施設もかなり新しく、施設利用の際の注意書きが目立つので中の探索は遠慮しときます。
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小学校を過ぎてしばらく行くと何やら看板群が…登山道やらなにやらの看板の向かい側にぽつんと石碑みたいなものが立っています。
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県境…言わずと知れた鹿児島県と熊本県との県境の石碑です。今は通りも少なくなってひっそりと、うっかりすると見逃してしまいそうな大きさです。
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向かって左が熊本、右が鹿児島。どうせなら肥後と薩摩とでも書いてほしかった気もしますが…。ただこの県境の石碑は久七峠の頂上ではないのです。普通県境は山脈の尾根のピークとかが多いのですがここは峠のピークから600mほど人吉寄りに立っています。
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昔懐かしい白い看板の標識です県境石碑の向かい側に…。
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ここから鹿児島県だぞといわんばかりの看板。平成18年以前は旧大口市だったはず。さきほどの白看板標識とこの標識との間が100mくらい開いてますが…この区間は?グレーゾーン?なんてことはないですね。
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先ほどの県境石碑から西へ600mほど行くと、少々さびれた感のある石碑が。「久七峠」と刻まれています。気分的にはここのほうが県境と呼ぶにふさわしい雰囲気なのですが…。
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新道からすると狭くくねった道で、くねくねと峠を下っていく道です。道路開通のときはかなり危険な場所であったような感じですが、昔の人にとっては今みたく舗装もされていない山道でなおかつ険しい山越えのある道だったのでは。
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何気に通過してしまう切通し。重機もないころの新道開通の模様が想像されます。鶴嘴とか持った人夫の姿が目に浮かぶようです。昔の人の意気込みに尊敬です。
この峠の県境については諸説あるようで、もともと峠のピークがお国境藩境だったが肥後と薩摩の力関係や当時峠の開通に携わったある人物がひそかに動かしたとか、今でもすこしずつ動いているらしいとか…なかなかミステリアスな峠で面白いです。しばらくの間、往時に思いをはせて佇んでしまいました。が~っ!日没も近し!撤収!一路帰路へ(2時間はかかるなあ…相変わらず先を考えてないし…反省…)
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Date: 2013.02.20 Category: 未分類  Comments (0) Trackbacks (0)

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ガッチャマン

Author:ガッチャマン
廃墟、廃校、廃道、廃線と、廃のつく風景に魅せられて、写真に納めるべくデジイチにはまってしまった南九州にて活動を展開しているガッチャマン(名前にGAKIが入っていて、知人からガッチャン、語呂が悪いのでいつのまにかガッチャマンに)の廃景レポ、たまに変なものレポ

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