スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Date: --.--.-- Category: スポンサー広告   

球磨川沿い国道219号線見放された道

IMG_9448_R.jpg
K本県国道219号線球磨川沿いの鍾乳洞で有名なK洞近くに真新しい隧道があります。新しいということは当然古い道路があるはずということで、今はどうなっているのか?それはぜひとも行かなければ、ということで廃道探索に行ってきました。基本的に通行止め。立ち入り禁止とは書いてありませんでしたので…
IMG_9453_R.jpg
槍倒洞門と書いてあります。落石よけのシェード的な機能の洞門のようです。斜面側はモルタル拭きつけで固定、歩道がありますが、あまり通りたくない気が…。片方側は断崖で球磨川まで切り立った崖です。この真下が槍倒淵と呼ばれる険しい淵があります。持っている槍を倒さなければ通れないほどの険しい淵だったためこの名前がついたようです。(案内看板受け売りです。あしからず)
IMG_9467_R.jpg
人工的構造物の先に、!(゜Д゜;)なにやら不穏な堆積物が!いやに白っぽい崩落跡です。たぶんこの道の運命を決定付けたであろう大崩落現場。崩落後の時間の経過を表す植物が繁茂していますので、国道維持管理としては崖崩れ撤去、復旧という選択肢は取られなかったことが伺えます。
IMG_9468_R.jpg
落石よけのネットはその機能以上の自然の猛威の前に用をなさなくなったようです。頑強なワイヤー、アンカーボルトが引きちぎられて垂れ下がっています。数年前にこの地域を襲った災害は今でもその爪あとをあちこちに残しており、今でも復旧工事が行われています。
IMG_9476_R.jpg
おそらくこの場所が大崩落の引き金となった土石流発生基点と思われます。今でも一雨くれば、行ってやるぞといわんばかりの様相。自然の猛威の前には人工的構造物も頼りない感じがします。
IMG_9470_R.jpg
崩落場所の白さはたぶんこのあたりの地質、岩の質によるものと思われます。火山性ではなく地下からの断層隆起によるものと思われ、近くに鍾乳洞もあることから石灰岩質であろうと思われます。永年の雨水の浸透により徐々にもろくなって崩落に至ったのではと想像されます。
IMG_9471_R.jpg
崩落現場のすぐ先には鍾乳洞が見えます。今の状態からこのゲートが再び開く可能性は無いようです。中央線に沿って植物がその範囲を拡大しつつあります。
IMG_9486_R.jpg
険しい岩肌に打ち込まれたアンカーと擁壁。常時落石の危険にさらされていたこの道を守り続けてきましたが、今はその役目も果たさなくてもよくなった?
IMG_9480_R.jpg
険しい山並みと近代構造物の機能美。人間の英知をもってしても自然の力にはあらがえない。規則的な落石よけシェードが空しく聳え立っているかのように見えます。
IMG_9489_R.jpg
道と球磨川との間で安全を守り続けてきたワイヤーのガードとデリネータも、
IMG_9491_R.jpg
今は静かにその役目を終えて佇んで。この道を通る野生動物を見守ることに。
IMG_9495_R.jpg
廃棄された道は確実に植物に侵食されて、廃道への道をたどっていくことに。しばらくしたらまた来て見ようと思います。少しずつ、でも確実に自然へと帰って行くことでしょう。緑に覆われた廃道が見られることを期待し、撤収です。
後日、わが相棒がストライキに入りました。エンジンがかかってくれません。(ノД`)シクシク、今まで酷使し過ぎたのでしょうか。ドック入りです。思えばひどいところに行きました…無理も無いです。よく付き合ってくれたものです。相棒復活までしばらく探索は自粛?いえいえ、チャンスがあれば代車でもいきまっせ!。仕事が一山越えたら活動再開します。
Date: 2013.05.12 Category: 廃道  Comments (0) Trackbacks (0)

三太郎峠の隧道を訪ねて

IMG_9336_R.jpg
旧国道3号の県境の難所といわれた三太郎峠に二つの隧道があります。現役の国道3号線はカーブも少なく真新しいトンネルであっというまに越えられますが、旧道となるとそうは行かなかったようです。ごらんのとおり中央線も引けない幅員の道をくねくねと登っていたようです。
IMG_9341_R.jpg
今はその役目を終えて静かにたたずむ佐敷隧道の姿です。現在の交通事情に対応するにはスペックが足りなくなってしまって路線換えの末に引退、近代遺構として余生を送ることになったようです。
IMG_9342_R.jpg
立派な記念碑が建っています。今ここを訪れるのは営林署か山主か、はたまたガッチャマンのような物好きな廃マニアぐらいかと思われます。
IMG_9347_R.jpg
明治41年の開通。昭和40年に現在の佐敷トンネルが開通してその役目を終えたようです。当時はレンガを使った構造が主流だったようで、長手積みといわれる手法で造られているようです。
IMG_9348_R.jpg
鹿児島(薩摩)方面に向かって、隧道を抜けるとこんな風景が…うん、往時の行き来が目に浮かぶようです。
IMG_9350_R.jpg
扁額です。蔦か苔に覆われて読み取れません。おそらく佐敷隧道と書いてあるものと。
日没までまだ時間がある!目指すは津奈木隧道!
IMG_9358_R.jpg
くねくねと細い道をたどる薩摩街道(旧国道3号線)です。これでは大型トラックは無理!
IMG_9356_R.jpg
近代遺構保存の動きに伴って造られたであろう案内柱が立っています。以前はこの旧道のくねくね道をひたすら登ってこないとこれなかったようですが、このすぐ近くに立派な広域農道と思われる道が通ってます。
IMG_9365_R.jpg
坂道を上って山側へ大きく曲がったその先に…ありました!津奈木隧道です。ここも静かに余生を送っているかのような姿です。
IMG_9364_R.jpg
振り返って上ってきた道。途中軽トラのおじさんとすれ違いましたが、ガッチャマンのような物好きがよく来るらしく、物怖じせずにすれ違っていきました。
IMG_9369_R.jpg
ここも立派な記念碑が建てられています。明治34年竣工、佐敷隧道より年上か。ここもその役目を終えて静かに歴史遺産として余生を送っているようです。構造は同じくレンガの長手積み。
IMG_9388_R.jpg
隧道を抜けて同じく鹿児島(薩摩方面)。隧道を抜けるとこんな風景が…もう一息で県境(薩摩の國)です。明治のころに思いをはせて…車もそんなになかったはず、ということは…歩きか牛馬車か…坂道は人にも牛馬にもきつかったろうに…。昔の人はすごいです。
IMG_9382_R.jpg
ここの扁額は読み取れそうです。歴史を感じさせる右読み道隧木奈津。うん!いいですねえ。三太郎峠の現存二隧道を踏破!赤松太郎峠は隧道はありませんので…どうしようかな…また今度に…しよう。体力落ちてるし…。球磨川沿いに多数の廃校があるとの情報をゲット!次は球磨川沿いの廃校制覇を誓い、撤収~う!って下手すると帰路は3時間か…相変わらず読みが甘い自分に反省…です。
Date: 2013.03.28 Category: 廃道  Comments (0) Trackbacks (0)

海の上の学校

PICT0008_R_20130310010245.jpg
TV朝○系列○百景でも紹介された学校でもあります。K本A北A崎小学校。学校の存続もかなり検討されたようですが、いかんせん海の上。損傷も激しく、耐震化のことも考えると存続は厳しかったようです。先日お邪魔したF石小学校跡の管理人の方もおっしゃってました。では、いざ!探索へGO!
PICT0013_R_20130310010245.jpg
対岸の港から…周りは猟師の方とか、釣り客やらでガッチャマンだけデジイチ2台持ってかなり浮いてましたが、勇気を振り絞って撮影!う~ん…なんかスモッてるなあ…もしかして!PM2.5?Σ(°д°lll)ガーン
DSC03346_R.jpg
正面から見ると普通に…。廃校とは思えないほどのきれいさで、海を背景にその姿は映えています。が!しか~し!Σ(°д°lll)ガーン次をご覧あれ!DSC03350_R.jpg
これが海上小学校といわれる由縁です。陸地でなく完全に海の上に基礎があってそこに建っています。当日は風が強く、いわゆるうねりが高い状況で、かなり強く波が護岸に打ち寄せていてその音はかなり大きかったです。現役当時授業に差し障りなかったのでしょうか( ;゚д゚)
DSC03355_R.jpg
しっかり施錠がされていて中に入ることはかないませんでしたが、引き戸の鍵(アルミ製)は腐食でもうしばらくしたらその用をなさなくなりそうです。潮風は金属には厳しい…
DSC03373_R.jpg
窓の向こうには島がみえます。干潮時には渡る事が出来たのではないでしょうか。TVでは窓から釣竿を垂れる光景が流れていたような記憶が…
DSC03394_R.jpg
海の近くの学校らしくモニュメントはお魚さん。いかにもという感じで微笑ましい。
IMG_9245_R.jpg
閉校後しばらくは生涯学習関係の施設として使われていたようです。ガッチャマン恒例の水道蛇口のショット。錆の進行が早いようで、傷みも早いのか。
IMG_9300_R.jpg
サッシの腐食の進行とコンクリートの劣化が進んでます。廃校、閉鎖へと追いやった原因はここら辺にあるようで、心なしか残念。なんとかできなかったのでしょうか。
IMG_9287_R.jpg
側面玄関に閉校の記念碑が建っています。その奥に…うん?階段がある。むむ!塞がれていない!もしかして海上を体験できるか?港から丸見えなので隠れるように腰をかがめて…う~ん余計怪しいではないか!(;´д`)ゞ
DSC03406_R.jpg
階段の踊り場の上から撮影。海の上という感じを出すために腕を伸ばしてカメラを支えて一枚!港から目立たないよう変な姿勢で、こ、これが…限界!。ここの探索を終えてネット上でこの場所を訪れた先着者のブログを拝見しましたが、壊れかけた遊具に立ってみたり、かなり蹂躙に近いことをされていて悲しくなってしまいました。あらためてこれからもガッチャマンは詳しい位置情報や実名でのブログ掲載は控えようと思います。自分の母校が興味本位の輩に蹂躙されて取り壊しなんてことになってはたまりませんから。ここも出来るだけ長く今のままの姿を留めることを期待し、F石小学校で教えてもらった次の目的地O岩小学校へ。GO!今日は丸一日廃校探索!アツいぜ!
Date: 2013.03.10 Category: 廃校  Comments (0) Trackbacks (0)

久七峠異聞

IMG_9088_R.jpg
冬の雨の晴れ間に南州翁(西郷さん)も明治維新の上京の際に通ったと言われる峠までちょっと足を伸ばしてきました。人吉市街から国道267号線を南下、伊佐市方面へ向かいます。途中真新しいトンネルがみえてきますがそこは興味ないので左の旧道方面へ。薄暗い旧道をひた走ると趣のある旧道風景の先に田野地区があります。
IMG_9097_R.jpg
田野小学校です。ここも昨年3月末で閉校になっています。施設もかなり新しく、施設利用の際の注意書きが目立つので中の探索は遠慮しときます。
IMG_9114_R.jpg
小学校を過ぎてしばらく行くと何やら看板群が…登山道やらなにやらの看板の向かい側にぽつんと石碑みたいなものが立っています。
IMG_9126_R.jpg
県境…言わずと知れた鹿児島県と熊本県との県境の石碑です。今は通りも少なくなってひっそりと、うっかりすると見逃してしまいそうな大きさです。
IMG_9128_R.jpg
向かって左が熊本、右が鹿児島。どうせなら肥後と薩摩とでも書いてほしかった気もしますが…。ただこの県境の石碑は久七峠の頂上ではないのです。普通県境は山脈の尾根のピークとかが多いのですがここは峠のピークから600mほど人吉寄りに立っています。
IMG_9119_R.jpg
昔懐かしい白い看板の標識です県境石碑の向かい側に…。
IMG_9140_R.jpg
ここから鹿児島県だぞといわんばかりの看板。平成18年以前は旧大口市だったはず。さきほどの白看板標識とこの標識との間が100mくらい開いてますが…この区間は?グレーゾーン?なんてことはないですね。
IMG_9153_R.jpg
先ほどの県境石碑から西へ600mほど行くと、少々さびれた感のある石碑が。「久七峠」と刻まれています。気分的にはここのほうが県境と呼ぶにふさわしい雰囲気なのですが…。
IMG_9171_R.jpg
新道からすると狭くくねった道で、くねくねと峠を下っていく道です。道路開通のときはかなり危険な場所であったような感じですが、昔の人にとっては今みたく舗装もされていない山道でなおかつ険しい山越えのある道だったのでは。
IMG_9169_R.jpg
何気に通過してしまう切通し。重機もないころの新道開通の模様が想像されます。鶴嘴とか持った人夫の姿が目に浮かぶようです。昔の人の意気込みに尊敬です。
この峠の県境については諸説あるようで、もともと峠のピークがお国境藩境だったが肥後と薩摩の力関係や当時峠の開通に携わったある人物がひそかに動かしたとか、今でもすこしずつ動いているらしいとか…なかなかミステリアスな峠で面白いです。しばらくの間、往時に思いをはせて佇んでしまいました。が~っ!日没も近し!撤収!一路帰路へ(2時間はかかるなあ…相変わらず先を考えてないし…反省…)
Date: 2013.02.20 Category: 未分類  Comments (0) Trackbacks (0)

K本県A北M島小学校を訪ねて

IMG_9000_R.jpg
以前からいつか行ってみたいと思っていたM島小学校跡。ついに探索することが出来ました。ウェブ上でもかなり有名な物件です。一発目の写真もメジャーなアングルから…う~ん…いい!ヾ( ゚∀゚)ノ゙いいです!これぞ木造校舎。100年以上の歴史とともに平成17年の廃校。ここまでの維持状態はなかなか無いのではと思わせます。
IMG_8991_R.jpg
校舎正面から、現在は生涯学習センターとして使われているようです。ガッチャマンが訪れたときはたまたま何も無かったのでしょうか人けも無く、断ってから写真撮ろうと思っていたのですが…結構ビクビクしながらの撮影でした。
IMG_8989_R.jpg
昔ガッチャマンが通っていた小学校で、ガッチャマンが三年生のころ半年だけだったと思いますが木造校舎で授業を受けた記憶があります。そのあとすぐに解体されてしまいましたが、今思うと貴重な経験だったんだなあと思う今日この頃です。
IMG_8987_R.jpg
校舎全景を校庭から。う~ん…やっぱりいい!Σd(´∀`)イイ!いいです!暖かな感じ。廊下、教室を歩くときの軋みや木の床の音が聞こえてくるようです。掃除は当然雑巾がけと年末大掃除は米ぬかでぴかぴかにしたのでしょう。って!木の床を米ぬかで磨くなんて知っている方が少ないでしょうね。(;´∀`)
IMG_9011_R.jpg
木造校舎を斜めから見上げます。いいですねえ!板壁の工法を何とか言うのですが下からかぶせて行くやり方、う~ん(;´Д`) …思い出せない。
IMG_8996_R.jpg
木造校舎ですから当然木枠の窓と思いますが、ここまで現存しているところは今のところ見たことがありません。無粋なアルミサッシはあちこちで見ますが。暖房を考えるとしょうがないのかもしれません。
IMG_9017_R.jpg
誰もいる気配が無かったので中に入ることはかないませんでした。窓越しに望遠での撮影。学校備品、机、椅子などまだ保存されているようです。
IMG_9024_R.jpg
学校裏手にいくと体育館があり、その左手に何やら事務所みたいなものがありますが、誰もいる気配はありません。
IMG_9021_R.jpg
体育館手前にプールが!あり…2コースしかないのですが…ちょっと少ない気もしますが在校生徒数はあまり多くなかったのかもしれません。こじんまりとしたプールです。
IMG_9002_R.jpg
ガッチャマンの廃校探索恒例の水道蛇口。使われなくなって久しいのか取っ手がはずされていました。廃校から7年ですので状態はすこぶる良好なのですが、廃という感じはあまりしませんでした。地域で大事に保管されている感じですので傷みもそれほど見受けられませんでした。木造校舎として見るにはいいのですが、廃校の持つノスタルジックさや、荒れた廃な感じとはちょっと違うのかなと…S都市T陵中学校のような廃な感じが今回は感じる物件では無かったということで、日没も近くなり撤収!帰路2時間半はゆうにかかるかなあヽ(´Д`;)遠い!
Date: 2013.01.20 Category: 廃校  Comments (0) Trackbacks (0)
プロフィール

ガッチャマン

Author:ガッチャマン
廃墟、廃校、廃道、廃線と、廃のつく風景に魅せられて、写真に納めるべくデジイチにはまってしまった南九州にて活動を展開しているガッチャマン(名前にGAKIが入っていて、知人からガッチャン、語呂が悪いのでいつのまにかガッチャマンに)の廃景レポ、たまに変なものレポ

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
いらっしゃいませ

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
このブログをリンクに追加する
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。